京都地方裁判所 平成12年(ワ)529号 判決 2000年10月24日
原告
石川裕之
右訴訟代理人弁護士
高田良爾
被告
千代田火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役
福田耕治
右訴訟代理人弁護士
松村美之
主文
一 被告は、原告に対し、金六三〇万円及びこれに対する平成一二年一月二八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
三 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
主文同旨
第二 事案の概要
本件は、原告が、被告との間で締結した自家用自動車総合保険契約の被保険自動車につき、盗難事故に遭ったとして、被告に対して保険金の支払を請求した事案である。
一 争いのない事実並びに証拠(甲一ないし三、三一、三二)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実
1 原告の所有自動車
原告は、左記自家用普通乗用自動車(以下「本件アリスト」という。)の所有者である。
記
(一) 車名 アリスト
(二) 型式 JZS一六一
(三) 登録番号 <省略>
(四) 車台番号 <省略>
2 保険契約の締結
(一) 原告は、平成一〇年一二月一一日、被告の代理店である訴外京都トヨタ自動車株式会社(以下「訴外京都トヨタ」という。)山科営業所(担当者・訴外曽我進。以下「訴外曽我」という。)を通じて、被告との間で、次のとおり自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。
(1) 保険の種類 自家用自動車総合保険(SAP)
(2) 証券番号 二八六九三九七四二六
(3) 保険期間 平成一一年一月一六日から平成一二年一月一六日午後四時まで
(4) 被保険自動車 本件アリスト
(5) 車両保険金額 六三〇万円
(二) 本件保険契約に適用される自家用自動車総合保険普通保険約款には、次の定めがある。
(1) 被告は、「盗難」その他偶然な事故によって被保険自動車に生じた損害に対して、被保険者(被保険自動車の所有者)に保険金を支払う(第五章車両条項第一条第一項)。
(2) 被保険自動車には、これに定着または装備されている物(付属品)を含む(第五章車両条項第一条第二項)。
3 盗難届の提出
原告は、平成一一年一一月一日、京都府向日町警察署盗犯係に対し、同年一〇月二九日夕方から翌三〇日午前九時三〇分ころまでの間に被保険自動車が盗難に遭った旨の被害届を提出し、右届は受理された。
4 保険金請求
原告は、被告に対し、平成一二年一月二七日、本件保険契約に基づき、右盗難事故によって損害を被ったとして車両保険金六三〇万円の支払を請求したが、被告は、原告に対し、同年二月四日付け内容証明郵便により、支払拒絶の通知をした。
二 争点
1 原告が主張する盗難事故の発生の有無
2 支払われるべき保険金額如何
三 争点に関する当事者の主張
<省略>
第三 争点に対する判断
一 争点1―原告が主張する盗難事故の発生の有無
1 前提となる事実経過
証拠(甲四ないし八、一〇ないし一五、一七、一八、二〇、二三ないし三三、四一、四三、四四、乙九ないし一一、証人曽我進、証人石川賢珠こと鄭賢珠、証人河毛俊彦、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
(一) 原告は、平成一〇年七月、訴外トヨタオートヤサカからトヨタ製の本件アリスト(新車)を代金五六〇万円(車両本体、付属品及び特別仕様の価格は合計四九四万二三八〇円であり、その他に諸費用合計六五万七六二〇円を含む。)で購入し、その後、同年八月五日までに右購入代金を分割して支払った。
(二) 原告は、平成一〇年七月一七日から、自宅近くの京都府向日市鶏冠井町十相三所在のいわゆる青空駐車場の第四四区画(以下「本件駐車場所」という。)を賃料月額一万円で賃借し、本件アリストの車庫として使用していた。
右青空駐車場は、八〇台余りを収容可能な広い駐車場であり、そのうち本件駐車場所は、車両の出入口から最も奥に位置している。右青空駐車場には、照明設備は設けられておらず、夜間は暗いものと思われる。
本件駐車場所は、原告宅前の道路から見通しが良く、原告宅前の道路から見れば、本件アリストが駐車されているかどうかは分かる状況にある。
(三) 原告は、平成一一年一〇月二八日(木)午後一〇時ころ、本件アリストを本件駐車場所に駐車させ、ワイヤレスドアロックを使用して施錠し、運転席側のドアを手で引っ張って施錠されていることを確認し、トランクも施錠されていることを確認した。
(四) 原告は、平成一一年一〇月二九日(金)の早朝に自宅をタクシーで出発し、京都駅に向かい、京都駅から「はるか」で関西空港に向かい、同空港から韓国(済州島)へ向けて出国し、右同日から同月三一日まで韓国済州島のハイアットリージェンシーホテルに滞在した。
(五) 原告宅の隣家の黒田畳店店主は、平成一一年一〇月二九日(金)午後一〇時ころ、猫を散歩させるため外に出たときに、本件駐車場所に本件アリストが駐車されているのを現認している。
(六) 原告の妻は、平成一一年一〇月三〇日(土)午前九時三〇分ころ、東向日駅近くのスーパーに買い物に行くため、自宅を出たところ、本件駐車場所に本件アリストがないのに気がついたが、原告が友人に本件アリストを貸したのかなと軽く考え、あまり気にしていなかった。
(七) 原告が平成一一年一〇月三一日(日)午前中に滞在先のホテルの部屋から自宅にいる妻に電話をしたところ、妻は、ふと本件アリストが本件駐車場所にないことを思い出して、「車がないが、誰かに貸したのか。」と尋ねた。これを聞いた原告は、妻に対し、すぐに警察に届けるように指示した。
そして、原告は、日本から持参していた原告所有の携帯電話に訴外曽我から聞いていた同人の携帯電話の番号を記録していたことから、すぐに滞在先のホテルから訴外曽我の携帯電話に連絡した。訴外曽我は、ちょうど、家族と共に京都府宇治市の太陽ヶ丘公園に遊びに訪れているところであった。原告は、訴外曽我に対し、本件アリストが盗難に遭ったことを報告し、今後の対応を相談した。訴外曽我は、今後の保険金請求には警察への盗難届出が必要であることから、原告に対し、警察に盗難届を出すように指示した。
なお、訴外曽我は、原告から連絡を受けた時刻の記憶ははっきりしないものの、概ね昼ごろであったと記憶している。
その後、原告は、同日昼過ぎに同ホテルをチェックアウトし、同日午後八時ころ、名古屋空港に到着し、新幹線を利用して京都に戻り、午後一〇時ないし午後一一時ころ帰宅した。
原告は、新幹線内から又は帰宅後に、もう一度、訴外曽我に電話をした。
(八) 原告の妻は、原告の指示に従い、平成一一年一〇月三一日に京都府向日町警察署に盗難届を提出しに行ったものの、関係書類を持参せずに行ったため、本件アリストの登録番号等が分からず、警察官から登録番号が不明では受理できないので原告に来てもらうようにと言われ、そのまま帰宅した。
そこで、原告は、平成一一年一一月一日に京都府向日町警察署盗犯係に本件アリストが盗難された旨の被害届を提出し、受理されたが、現在に至るまで、本件アリストは発見されていない。
(九) 京都を含めて関西地区には車両窃盗団が多数存在し、その活動の活発化により、近年、車両盗難は顕著な増加傾向にある。
アリストは、国産高級車であり、盗難被害に遭うことが多い車種の一つである。
2 前記第二の一2(二)で認定した本件保険契約の内容によれば、盗難その他の偶然の事故の発生は、本件保険契約に基づく保険金請求権の発生要件の一つであるから、本件保険契約に基づき保険金を請求する者は、盗難その他偶然の事故の発生を主張立証すべき責任を負担するものと解するのが相当である。
そこで、検討するに、前記1で認定した事実経過に照らせば、本件アリストが盗難事故に遭ったことを推認させる間接事実として、(一)平成一一年一〇月二九日午後一〇時ころには本件駐車場所に本件アリストが駐車されていたことが第三者によって現認されているのに、翌三〇日午前九時三〇分ころには本件駐車場所に本件アリストが存在しなかったこと、(二)本件駐車場所は、いわゆる青空駐車場内にあり、しかも出入口から最も遠い場所に位置しており、夜間に車両盗難が発生してもおかしくない状況にあること、(三)原告は、同年一一月一日に京都府向日町警察署盗犯係に本件アリストが盗難された旨の被害届を提出したが、その後本件アリストが発見されていないこと、(四)当時、京都府下では車両盗難が多発していたこと、(五)本件アリストは、国産高級車であって、盗難の被害に遭うことが多い車種の一つであることを挙げることができる。
そして、被保険車両が盗難事故に遭った場合、発生現場に何らかの窃盗の痕跡が残されているか、目撃者が存在するか、被害車両が発見されるか、あるいは窃盗犯人が検挙されるかしない限り、一般人にとって盗難に遭ったことを直接立証することは困難であり、そのような立証を要求することは、保険金請求者に不可能を強いることにもなりかねないことを考慮すると、盗難の発生状況について不自然・不合理な点がある等の特段の事情が存在しない限り、右間接事実をもって、本件アリストは平成一一年一〇月二九日午後一〇時から翌三〇日午前九時三〇分ころまでの間に盗難の被害に遭ったものと推認するのが相当である。
3 そこで、被告が指摘する原告主張の盗難の発生状況に関する問題点が、右間接事実に基づく盗難事故発生の推認を覆すに足りる事情と言えるか否かについて、以下検討する。
(一) 車両保険金額の設定について
(1) 前記1で認定した事実、証拠(甲九、一七、二〇ないし二二、三六ないし三九、四二、乙九、一一、証人曽我進、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件保険契約における車両保険金額設定の経緯について、次の事実が認められる。
① 原告は、平成八年ころ、訴外京都トヨタ(担当者・訴外曽我)からトヨタ製のクラウンマジェスタを購入し、その際、被告の代理店でもある訴外京都トヨタを通じて、被告との間で自動車保険契約を締結した。
② 原告は、クラウンマジェスタを購入してから約一年後の平成九年ころ、訴外橋本コーポレーションから代金四六万五八二二円でタイヤとアルミホイールを購入し、クラウンマジェスタに装着した。なお、当時の右タイヤとアルミホイールの流通価格は約七〇万円であった。
右改良に伴い、クラウンマジェスタを被保険自動車とする自動車保険契約の車両保険金額は増額され、これに伴い、保険料も増額された。
③ その後、原告は、平成一〇年七月、訴外曽我の紹介で、訴外トヨタオートヤサカから本件アリストを五六〇万円(諸費用を含む。)で購入し、クラウンマジェスタは売却した。
原告は、本件アリストのグレードを高めるため、クラウンマジェスタに装着していた右タイヤ・アルミホイールを訴外アリストに付け替えた。
また、原告は、訴外サクセスジャパンこと仲山哲也に依頼して、車高を低くすることによってコーナーリングの際の安定性を高めるという足回りの改良を施し、また、窓ガラスにフィルムを張り、ボディーにコーティング加工をする等の改良を行い、代金五三万一五〇〇円を支払った。
なお、訴外橋本コーポレーション及び訴外サクセスジャパンこと仲山哲也の請求書(甲九、二二)や、領収書(甲三六)の日付が原告が主張する盗難事故発生後の日付となっているが、これは、いずれも再発行されたものであるためである。
④ 原告は、本件アリストについても、以前の取引関係から、訴外曽我を通じて被告との間で本件保険契約を締結した。
訴外曽我は、本件アリストの納車時点で車両保険金額を査定した。
右時点では本件アリストには何ら改良が加えられていなかったが、訴外曽我は、原告から、クラウンマジェスタから本件アリストにタイヤ・アルミホイールを付け替えること及び五〇ないし五五万円ほどかけて本件アリストの足回りを改良することを聞いていたことから、これらの価格を購入金額に上乗せして(ただし、タイヤ・アルミホイールについては、購入価格から若干減額した上で加算している。)、車両保険金額を六三〇万円と査定した。
右査定に伴い、本件アリストの車両保険金額は、クラウンマジェスタの車両保険金額よりも増額されたことから、従前の自動車保険契約の残存保険期間について、保険料の追徴金が発生したが、原告は、訴外曽我の右査定に従って、追徴金を支払った。
本件保険契約における車両保険金額の設定も、訴外曽我の右査定に基づくものである。
⑤ 原告は、被告の調査に対して、車両保険金額の設定理由について、「車両金額プラス足回り、ホイル、タイヤ」と答えていた(乙一一)。
(2) 証拠(乙一ないし五、九、一〇、証人河毛俊彦)及び弁論の全趣旨によれば、被告の本件保険金請求に対する調査経過について、次の事実が認められる。
本件保険契約では車両保険金額が六三〇万円と設定されているところ、被告の自動車保険車両標準価格表(乙五)によれば、アリストの車両保険金額は五六〇万円が上限であるから、それを超える右車両保険金額の設定については合理的な根拠が求められる。
被告は、当初、原告から、二年ほど前に定価約七〇万円のところ四〇ないし五〇万円で購入したタイヤとアルミホイールを本件アリストに付け替えた旨の説明を受けており、かつ、訴外曽我から、本件アリストを諸費用込みで約五九〇万円で購入したことが確認できる売買契約書(乙一)の提出を受けていたため、六三〇万円という車両保険金額の設定については、一応合理的な説明がなされたものと認識していた。
ところが、平成一一年一二月中旬に車両盗難事案の社内検討会を行った際、右売買契約書では、販売業者の商号が「ネッツトヨタヤサカ」となっているが、本件アリストが販売されたのは、販売業者の商号が「トヨタオートヤサカ」から「ネッツトヨタヤサカ」に変更された平成一〇年八月一八日よりも前であることから、右売買契約書は実際のものではないことが判明した。
そこで、被告が平成一一年一二月二七日に訴外トヨタオートヤサカ(当時の商号はネッツトヨタヤサカ株式会社)から正規の売買契約書(乙二、甲四)を入手したところ、購入金額は諸費用込みで五六〇万円となっており、タイヤ・ホイールの購入金額を加算しても車両保険金額に及ばず、車両保険金額六三〇万円を支払うと原告に余剰利得が生じることが明らかとなった。
そのため、被告は、本件保険金請求について疑問を抱くようになった。
(3) しかしながら、証拠(証人曽我進、証人河毛俊彦)及び弁論の全趣旨によれば、訴外トヨタオートヤサカが、当初、実際の購入価格よりも高い金額が記載されている売買契約書(乙一)を提出したのは、本件アリストの売買において、訴外曽我の紹介による取引であったことから破格の値引が行われていたため、これが公になるのはまずいという配慮をしたことによるものであり、訴外トヨタオートヤサカ側の都合によるものであって、原告ないし訴外曽我が敢えて本件アリストの購入金額を偽ろうとして右売買契約書を提出したわけではないことが認められる。
そして、本件アリストの購入金額が五六〇万円(諸費用を含む。)であることを前提としても、訴外曽我が、原告から、平成九年ころに代金四六万五八二二円(定価は約七〇万円である。)で購入したタイヤ・アルミホイールをクラウンマジェスタから本件アリストに付け替えること及び五〇ないし五五万円ほどかけて本件アリストの足回りを改良することを聞いていたことから、これらの価格を購入金額に上乗せし(タイヤとアルミホイールについては、購入価格から若干減額している。)、車両保険金額を六三〇万円と査定したことは、原告が、実際に足回りの改良に代金五三万一五〇〇円を支払っていることも考慮すると、特に不合理とはいえない。
この点については、被告京都支店京都第二サービスセンター所長である証人河毛俊彦も、納車時に未装着部品があったとしても、近々に装着が決定している場合は、暫定的にこれを含んだ金額で車両保険金額の設定が行われても、必ずしも間違いとは言えないと陳述しているところである(乙一〇)。
(4) 以上によれば、本件保険契約において、自動車保険車両標準価格表(乙五)記載の価格を超える車両保険金額六三〇万円が設定されたことには、合理的な根拠が認められ、付保金額に不自然さがある旨の被告の主張は採用することができない。
(二) 保険料の不払いについて
(1) 証拠(甲二、三四、乙一〇、証人曽我進、証人河毛俊彦、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成一一年八月及び九月の二か月連続して、本件保険契約の分割払保険料月額一万三四八〇円の口座振替ができず、被告は保険事故が発生しても保険金の支払を免責される状態となり(甲二・保険料分割払特約第五条)、本件保険契約は一旦失効したが、その後、同年一〇月一九日に保険料が入金され、本件保険契約が復活したこと、原告が主張する盗難事故は、本件保険契約が復活したわずか一〇日後であることが認められる。
(2) 被告は、このように、原告が月額一万三四八〇円の分割払保険料すら二か月連続して支払えなかったということは、原告が経済的に困窮した状態にあったことを示すものであり、盗難事故作出の動機として考えられると主張する。
しかしながら、自動口座振替による分割払いについて、預金残高が足りていると思っていたが、実は不足していたため、口座振替ができなかったという事態は、一般にまま起こりうることであり、口座振替ができなかったことから、直ちに、原告が当時経済的に困窮していたと推認することはできない。
そして、原告が分割払保険料の支払に利用している預金口座は、その他の支払にも利用されていること(甲三四)、被告は、分割払保険料の口座振替不能が生じたため、保険証券記載の原告の住所宛てに振替不能であった旨の通知をしたが、原告は、右住所から移転していたため、右通知を受け取っておらず、口座振替不能が生じたことに気がついていなかったこと(証人河毛俊彦、原告本人)、原告は、訴外曽我から分割払保険料の口座振替ができていないことを指摘され、びっくりして訴外曽我にすぐに保険料を支払ったこと(証人曽我進、証人河毛俊彦、原告本人)、原告は、当時、他の銀行預金口座には分割払保険料を支払うことができる十分な預金残高を有していたこと(甲三五)を考慮すると、原告は、振替口座の預金残高が不足していることに気がつかず、振替不能が生じていることを知らずにいたため、二か月連続して分割払保険料を支払わなかったに過ぎないものと認められる。原告の就労実態や収入状況は証拠上明らかではないものの、原告が、当時、経済的に困窮した状態にあったことを認めるに足りる証拠もない。
したがって、被告の右主張は採用することができない。
(三) 原告の被告が行った調査に対する説明の不自然さの有無について
(1) 被告は、平成一一年一〇月三一日の帰国時の入国空港のみ名古屋空港となっており、入国空港について記憶間違いを生ずるとは考えられないのに、原告が当初、入国空港は関西空港であると説明していたのは不自然である旨主張し、原告が同月二九日から三一日までの間不在であったことについて疑問を呈するようである。
しかしながら、証拠(甲一三、一四、四三)によれば、原告が同年一〇月二九日に関西空港から出国し、韓国済州島に滞在し、同月三一日に名古屋空港に帰国したことは明らかであり、この点に疑いの余地はない。
また、仮に、原告が、同月三一日の帰国時の到着空港について、当初、関西空港と説明していたとしても、記憶間違いに過ぎないというべきである。
(2) 被告は、原告が、妻から本件アリストが本件駐車場所にないと聞いてすぐに盗難としての処理方法を決定し、妻に対して警察への届出を指示するなど、他の可能性を全く追求していないのは不自然である旨主張する。
しかし、証拠(甲一七、甲一八、証人石川賢珠こと鄭賢珠、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、友人や知人に対して、本件アリストの使用を承諾したこともなければ、車両を貸して欲しいと言われたこともないこと、原告の妻も当時は自動車運転免許を取得していなかったので本件アリストに乗ることはないこと、原告は、本件アリストのリモコン付きマスターキーをキーホルダーにつけたまま韓国に持参していたこと、原告にはややこしい債権者はいないので、債権者が本件アリストを債権の担保として無断で持ち出すことも考えられないことから、妻から本件アリストが本件駐車場所にない旨を聞いてすぐに盗まれたものと考えたことが認められる。
右認定事実によれば、原告が盗難以外の可能性を考えなかったことについて、特に不自然・不合理な点は認められず、被告の右主張は採用することができない。
(3) また、原告は、被告の調査に対し、訴外曽我に対して電話をしたのは、平成一一年一〇月三一日の夜、自宅からか又は日本到着後の空港からかのどちらかであったと思うと説明していた(乙九ないし一一)。そこで、被告は、原告の右説明が、訴外曽我が原告から盗難事故発生の連絡を受けたと説明する時刻と食い違っていたのは、不自然であり、また、その後、原告が、訴外曽我に対して電話をしたのは韓国済州島の滞在先のホテルからであったと説明を訂正したのは不自然であると主張する。
しかしながら、前記1認定のとおり、原告は、右同日、訴外曽我に二回電話をかけていることを考慮すると、記憶間違い又は一回目の電話と二回目の電話を混同したことによるものと推認され、原告の右説明の変遷が特に不自然であるとは認め難い。
(4) 被告は、原告が、当初本件アリストの鍵は一個しか受け取っていないと説明していたのに、その後、三個受け取ったと訂正したのは不自然である旨主張する。
たしかに、原告は、当初、リモコン付きマスターキーのことしか念頭になかったため、本件アリストの鍵は一個だけである旨説明していたが、被告側からスペアキーについて尋ねられ、スペアキーなら二個あると答えるに至ったに過ぎず(甲四二、原告本人)、特に不合理・不自然な説明の変遷とは認められない。
(四) 以上によれば、被告が指摘する点は、いずれも前記間接事実に基づく本件アリスト盗難事故発生の推認を覆すに足りる事情とはなり得ないというほかない。たしかに、原告の説明には細かい点でいろいろと変遷が認められるが、原告がそれほど物事を深く緻密に考える人物ではないことが窺われること(弁論の全趣旨)も考慮すると、いずれも記憶間違いや思い違いに過ぎないというべきであり、前記間接事実に基づく推認を覆すに足りるものではない。
よって、前記間接事実に基づき、本件アリストは平成一一年一〇月二九日午後一〇時ころから翌三〇日午前九時三〇分ころまでの間に盗難の被害に遭ったものと推認するのが相当である。
二 争点2―支払われるべき保険金額如何
1 証拠(甲二、二〇、証人曽我進、証人河毛俊彦)及び弁論の全趣旨によれば、盗難事故が発生した場合に支払うべき保険金額に関する本件保険契約の内容は、次のとおりと解釈される。
(一) 本件保険契約の被保険自動車(本件アリスト)の用途及び車種は、自家用普通乗用車であるから、本件保険契約には、車両価額協定保険特約が適用される(甲二・車両価額協定保険特約第一条)。
(二) 右特約第二条によれば、被告と保険契約者または被保険者は、保険契約締結の時における被保険自動車と同一の用途・車種・車名・型式・仕様・初年度登録の自動車の市場販売価格相当額(被告が別に定める「自動車保険車両標準価格表」に記載された価格)を被保険自動車の価額として協定し、その価額(以下「協定保険価額」という。)を保険金額として定めるものとされている。
そして、右特約第四条第一号によれば、被告が保険金を支払うべき損害の額は、普通保険約款第五章車両条項第五条の規定にかかわらず、被保険自動車の損傷を修理することができない場合(全損の場合)には、協定保険価額とし、右特約第五条によれば、一回の事故につき被告の支払う保険金の額は、普通保険約款第五章車両条項第八条第一項の規定にかかわらず、全損の場合は、協定保険価額とするとされている。
(三) すなわち、本件保険契約に適用される自動車総合保険普通約款第五章車両条項では、盗難事故が発生した場合に被告が保険金を支払うべき損害の額は、その損害が生じた地及び時における被保険自動車の価額(被保険自動車と同一車種、同年式で同じ消耗度の自動車の市場販売価格相当額をいう。以下「保険価額」という。)によって定めるとされており(第五条第一項)、一回の事故につき被告の支払う保険金の額は、全損の場合は保険価額とする(ただし、車両保険金額を限度とする。)とされている(第八条第一項)。したがって、保険期間中に保険価額が減価し、保険価額が車両保険金額を下回ってしまうと、被保険者は、全損時にも車両保険金額全額の支払いが受けられないという不都合が生じる。
これに対し、車両価額協定保険特約は、被告と保険契約者または保険者との間で車両保険の保険契約締結時に保険価額を協定し、この保険価額が保険期間を通じて一定とする評価済保険として、右不都合を解消しようとしたものである。
2 したがって、前記一で判示したとおり、本件アリストは保険期間中に盗難に遭ったことが認められ、本件保険契約における車両保険金額の設定には合理的根拠が認められるから、被告が支払うべき保険金額は、右特約に基づき、車両保険金額(協定保険価額)である六三〇万円となる。
この点については、被告京都支店京都第二サービスセンター所長である証人河毛俊彦も、本件保険契約では、盗難の事実があれば、査定金額(時価)の如何にかかわらず、車両保険金額六三〇万円が支払われる旨証言しているところである。
なお、被告は、代車等費用保険金(被保険自動車の盗難に関する代車等費用担保特約第二条)及び臨時費用保険金(車両価額協定保険特約第七条)について言及するが、原告は、代車等費用保険金及び臨時費用保険金については、本件訴訟における保険金請求の対象としていない。
第四 結論
以上のとおり、原告の本訴請求には理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官・三木素子)